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セクモバ魂の叫び
セクモバの性についての自慰的考察行為。ここにあなたは何を見るのか!?


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性癖頁のカウンターが極私的PB2400C頁を越えて
不条理を愛する、ということ
エロの未来
70万ヒットを越えて
ハメ哲学
なぜロープーなのか?
援助交際問題を考える
素人とロープー


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性癖頁のカウンターが極私的PB2400c頁を越えて('04/05/25)

極私的性癖頁が、極私的PB2400c頁のパロディとして始まったことはすでにご承知の通り。今となってはサイトの見た目も随分変わってしまいましたが、ページ名やコーナー名、管理人のエロさからはやはり、そんな師匠サイトの面影があちらこちらに残っています。

パロディをはじめて早7年。ついに今日という日が来てしまいました。新・極私的性癖頁が、極私的PB2400c頁のカウンターを追い抜いてしまいました。師を越えてしまった弟/ワタクシの気持ちは、実はとても複雑です。

師である、アーモバ師匠には実弟のようにサイト運営を導いて頂きました。違う道を進むワタクシとそして師匠ではございますが、日本一を目指す、という点では同じ志がございました。もちろん師匠のサイトは、かの名機の販売終了に伴いその実利的な役割は終えましたが、ナメた口調で本質をスッパリと切り抜くその感性には、まだまだ見習うべき点も多々ございます。そしてまた、当時、そしてもちろん今でも多くのユーザーグループ系のサイトが、アーモバ師匠のこの極私的PB2400c頁を見習いました。チャラチャラとビジュアルだけで目を引くことが時流であったあの当時、あえてテキストベースで情報の本質に挑む、というそのスタンスは本当に見事でした。その先見性は、多くのニュース系サイトに受け継がれ、また今日のブログの隆盛などへと引き継がれていっているのです。

新・極私的性癖頁は、何年経とうと、”極私的”ブループであることに代わりはありません。そして、たとえ今日のように弟が師を上回ることになったとしても、アーモバ師匠は永遠にワタクシの師、です。新・極私的性癖頁はこれからも、アーモバ師匠の哲学を守りたく考えております。冗談みたいなサイトの管理人がマジな事申し上げて大変わかりずらいとは思いますが、アーバンセクシャルモバイラー・略してセクモバは、はアーバンモバイラー・略してアーモバさん、のパロディであるということ、それを未来永劫語り続けることを誇りにしている、と一言それだけは書き記しておきたかったのです。

 

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不条理を愛する、ということ ('02/01/06)

不治の病アルツハイマーに冒された主人公が、天運に寄り添い自らの命を絶ちきろうとするまさにその瞬間、次のようにくだる。

『不条理を愛していた』

胸に刺さった。不条理は愛せない。むしろ憎む。自ら進んで不条理な路を歩む者などいない。自暴自棄、というような薄っぺらな行為、行動、衝動とはおよそ違う。その頂は遙かに高尚である。実際色々な姿形の不条理でこの世は満ち満ちているのかもしれないが、けれどそれでも愛せるものではない。人はそこまで自分を貶めることはできない。不条理とは何よりも我々の身近にありながら、人々の寵愛からはほど遠い存在であり、人々の常軌的な感覚からはまるで死に神のような扱いをされ続ける。

しかしなぜだろう、やはりそれでもワタクシはその言葉に”羨望”を感じて止まない。それは主人公の生き様に対するセンチメンタリズムなどではなく、不条理を愛する、まさにその”不条理な傾斜”への憧れ、である。事実、ワタクシの人生の中で、不条理である瞬間、というのは実に案外少ない、というよりもほとんどないのではないか。…原因があり、課程を経て、そして結果がある。魂を震わせ勃起や射精をするその瞬間でさえ、そこには理論的な因果関係があるのだ。心通わせた愛しい人との別れでさえ、それは”不条理”などではない。それは単に教科書に書かれた定説をなぞらえているに過ぎない。

不条理を愛する、…それはかなわぬ夢だ。それはすなわち原因も課程もそして結果もない生き方であり、理不尽で不毛な生。そのようなプログラムは我々人類のDNAには含まれない。神々しいではないか。

ワタクシは『不条理を愛する』ことはできない。けれども確かにそういう『愛』を羨望し渇望している。そしてそのような『愛』こそが、『愛』というわかりにくいそれ、をずっと正確になぞらえることの出来る唯一であるようにも思える。

主人公は、『不条理を愛し』続けた。そこには理由はない。ただ、そういう男の不条理な生、が淡々と書き連ねられているだけだ。神々しい美しさを放ちながら。

 

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エロの未来 ('01/12/07)

”そもそもエロとは何なのか?”…非常に大きなテーゼに立ち向かったセクモバのこの4年間、無論未だにその答えは見つけられることができずにいる。なぜ男のポコチンはオッ勃つのか?、『海綿体への血液流入が理由』などというチープな生理学的な見地だけでは、セクモバが追い求めている”魂の勃起”を説明することはできない。生理現象としての勃起とアツい魂の相関関係、に代表されるワタクシのエロい考察への追求は、実は4年の歳月を費やした今も実は大した結論を導いてはいない、のである。

それは過去ばかりを見ているからではないのか?

ふと考えた。目論見書など昨日までの上がり下がりだけでしかない、のだ。どれほど”※印付きの補足説明”を加えようとも、我々のエロへの未来は見えてこない。そう、必要なことは昨夜の射精の回顧、ではないのだ。今のワタクシに、そして厚かましいことを承知で申し上げるなら、エロの未来にとって必要なことは、明日の射精哲学の予想、なのだ。

ワタクシはエロの未来をこう予想している。

まず第一に、射精産業はここ数年の内に激動の変革と改革の時代に突入する、と予想している。収益性の高い店舗とそしてその母体及び傘下企業が急進的にそのマーケットを開拓、拡張する一方で、後進的なグループは確実に淘汰される。それは戦後50年の射精産業が遭遇してきたような、いわば自然淘汰とは、その姿も痛みもまるで違うモノとなるだろう、と予想する。チープな挿入とヌルい射精にはどのような感慨も沸かない、ことは個人個人の亀頭が痛いほど理解している。その痛みが、その生ヌルい残尿感が、業界とその周辺産業の構造を一挙に揺り動かす原動力となることを各従事者は予想すべきだ。

具体的には、2割の後進的射精が夢精に取って代わる、と予想する。前屈み的な射精機会を喪失した20億のオタマジャクシが、三十路男のシーツを汚すことになるだろう。

第二に、射精産業の従事者の質的状況が、一気に大変革を迎えることになる、と予想する。国公立大卒者の2.5%が、なんらかの形でオタマジャクシの為に従事する時代が訪れる。顧客の幅広い射精ニーズと妄想ニーズを効率的に処理する、祭汁工場が歓楽街各地に軒を並べることになる。だがその一方では、画一的なサービスとマニュアルが蔓延し、個人個人の亀頭への血液流入量 の総量は著しく減少期を迎えることになる。言い換えれば、フニャチンが増えるワケだ。チンカス野郎達の大幅な増加により、必要な血液流入の総量 は社会全体の高齢化とは裏腹に、恐らくほとんど増加することはないだろう。そしてさらに近い将来、その射精と血液流入総量 のバランスシートの公開が、風営法許可申請時に必要になるのかどうか、それは今日現在ではまだ見えない。

第三に、主に男性向けの射精産業が、女性向けのズーレ産業という新しいマーケットの創出する未来が数年内のうちに巨大なウネリとなって業界を激震させる。セクモバの個人的な経験に基づく判断だが、彼のイチモツをクワえ込んだ女性の実に24%が何らかの形でズーレ哲学、ズーレ思想に啓蒙的であった、とその未来を実証している。『バーコードハゲの短小チンコが案外楽勝だったのよ…』と昔を懐かしむ人妻系ヘルス嬢が街に溢れ出ることになるだろう。何度でも昇天しうる女性相手の新しいエロ産業は、何回戦までオッケー、とするかという全く新しい大問題に直面 することになる。

こうして未来を予想していると、実は意外な点で一つの共通項を表している、ことに気が付く。それは、

射精機会が増えるに従い、一つ一つのオタマジャクシの尾の動きは悪くなった

という事実であり未来だ。しかし、新しい射精ニーズと妄想ニーズの増加が、その尾の運動性能全体のエネルギー量 を軽く凌駕する為に、実のところ、各店経営者はその未来を把握しづらい、というパラドックスを抱え込むことになる。どうやら、このアタリにセクモバが主張する”魂の勃起。魂の射精”についての未来像の真理、が隠されているようにも思える。オタマジャクシはタンパク質でできているのではない。魂というDNAで今日も元気にその尾っぽを揺り動かしている、というその真理に、こうして下らないバカなことを書き連ねながらフト気が付いたのは大きな収穫であった。

 

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70万ヒットを越えて ('00/9/25)

在り来たりかもしれませんが、サイトをスタートさせてこの3年、本当にエロエロな意味で世界が広がりました。自分自身とそして自分の身の回りで、ガラガラ音を立てて古いモノは崩れ、新しい事柄が次々とワタクシの股間とハートのノックをドンドンと叩き続けています。ぶっちゃけた話、このサイトを通 じて随分と夜遊びもしましたし、人生とエロのポリシー”ロープー・ダータ”にも華を咲かせました。風俗遊びも最近多少大人しくなったとはいえ随分と足を運び、そして女性読者様とこっそり内緒で密会もしました。

でも一方で、今真正直に心境語るとするならば、ワタクシの手元にあるものは、寒々とした虚無としか言えない孤独感、実はそれが真の新・極私的性癖頁管理者の姿なのです。哀しいけれどそれが事実です。切ないけれど、それが現実です。

しかもそんな儚い想いでさえも、掬い上げようとするワタクシの両手の隙間から、雨水のように指の隙間から流れ落ちて消え去り続けています。後ろを振り返ることが出来ればまだマシ、だと痛感しています。以前ある作家のエッセイにこんな一文を見たことがあります。『10万部本が売れたときは心から喜んだ。多くの人々に受け入れられ、多くの人々に祝福すらされている気がした。でも100万部を過ぎて、嗚呼もうダメだ、と思った。本が売れるのは勿論うれしい。しかし同時に、どうしようもない孤独な深い森が辺りを包み始めた。』

また以前ある女の子がこんなことを言っていました。

『一般論としての話だけど、人は孤独については本当に無力だと思うわ。あがらうこともできず、受け入れることもできない。そういう意味で無力ね。でもね、でも同時に、そんな孤独と一緒に生きなければならない私の人生っていうのは、”非一般 的”に言って、私の定め、でもあるのね。私には恋人もいるし、とても優しく大事にしてくれる。それでも彼はそんな私の絶望的な孤独感に手をさしのべるコトなんてできないのよ。…ううん、そうじゃない、差し伸べられた手を私は切り落としてしまうわ。きっと。多分、そして間違いなく。』

5年前、ワタクシは彼女の言葉の真意がまったくわかりませんでした。そこに一体どんな意味があり、どんな真意があり、どんな未来があるのか、一切が深い深い淵に澱み、たゆたっていました。そして一つのサイトを3年間続けることで、何を彼女が見、何を感じ、何を考えていたのか、その想いを今少しは理解できます。そして70万ヒット。クルクルと回り続けるアクセスカウンターが、ワタクシの絶望的な孤独感、の象徴ではないかと心から怯えます(けれど外すこともできないのです。これは絶望感に近い)。未来というものが確定的であるのであれば尚更恐怖です。一体この先に何があるというのでしょうか。彼女にはそんな未来でさえも見えているのでしょうか。その先の淵が見えているとするならば、何故彼女はワタクシを引き留めようとしなかったのでしょう。

エロはまだまだ奥深く、そしてワタクシと新・極私的性癖頁の未来は暗雲としています。この先のワタクシの行くべき道が、少しでも光に照らされることの心から願って止みません。

 

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ハメ哲学 (99/10/26)

人生なんてはかないと思うんです。今の社会ってのはホント多様で便利で快適な一方で、いつでもどこでもそして誰でも、実にアッサリとこの社会構造から切り捨てられてしまう可能性って高いと思うんですよね。たとえそれが非道得的だろうが、非人道的であろうが、非故意的であろうが、毎朝新聞見ればわかります、一体一日に何人消えたりいなくなったりしてますか。

我々は日々生の充実を噛みしめて生きていると同時に、相当にストラグルな生き残り戦争を毎日毎日して過ごしています。なんとなく生き残っているのが不思議じゃないかって実感しませんか?ワタクシには目を凝らせば見えますよ、耳を澄ませば聞こえますよ、その自分のイスのすぐその脇に佇んでいる確かな悪夢を。

ええ、わかりますよ。一人を想ってその子にだけすべてを捧げる、確かに結構です。素晴らしい。スタンディングオベーションです。でもそれは偽善ですよ。どこかで、いやまてよ、もっとオレには可能性があるんじゃないか、もっとイイ女とヤレる可能性だってあるんじゃないか、なんでこんなヤツが隣にいるんだ、って。そういうのって、きっと男女問わず絶対持っていますよ。人として生まれて人としての本能を備える以上当たり前の話。

ええ、そうですとも。それを言っちゃオシマイですよ。社会が成り立ちません。そんな風にすべての人がほんとに好き勝手にハメ外したら国中乱交騒ぎですよね(ある意味そういうレベルまで落ちてるけど、今この国は)。でもね、もう一歩踏み込んで感じるんですけど、社会を成り立たせたい連中には勝手に成り立たさせていればイイってね。いやオレは違う、オレはそうじゃない、って思う連中は勝手にヤってればイイってね。その複合体が社会じゃないかってね。そう思うんですよ。

ポ*チンの出し入れにも哲学があるんスよ。

 

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なぜロープーなのか? (98/10/10)

ロープー遊びを知る前、こんなワタクシも普通の恋愛をしておりました。いわゆる噂になったワタクシの純愛です。当時皆様はワタクシにどんな股間の膨らみを期待していましたか?彼女との思い出話お薦めのデートスポット情報?どうせなら素人系ハ*撮り??

ワタクシ当時は盲目になっておりましたので、愛するハニーと一分でも長く過ごせれば何よりの喜びだ、と考えておりました。愛があれば多少の困難は乗り越えその向こうには限りない喜びが満ち溢れている、という思い違いをしていたのです。素人系との恋愛は確かに心地良かったのですが、それだけじゃ満足できないんですね。

普通の恋愛のその相手との別れが近づくにつれ、噂が噂を呼んでました。ロープー遊びには金が掛かるから財政がもたない、なんて話は誰からも聞けましたしね。でもワタクシの心はすでに決まっていて、ロープーにどんな困難が待ちかまえていてもヤル決意をしてましたから本番する前に発射してしまいそうな勢いでした。

はじめて店外デートした時のロープーのマ**はとにかく可愛かったです。(前が純愛ですからねえ)おまけにノリがとことん軽い。いきなり初デートでノースリーブ&8センチヒールだし、もちろん茶髪だし。オレ的にはかなり気に入っその肢体でした。

 

実際にロープーに挿入してみて感じた点は・・・

  1. 上手い!これがロープーテクニックの実力か!
  2. 堅い!純愛では会う度にグラグラしてた心の躊躇いがない!気持ちがビシっと決まる!
  3. Tバックがいい!
  4. ビーチクがちょっと黒い!なんじゃこりゃ!
  5. 愛用のショルダーバックが高給の癖に安っぽい!タッパじゃねえか!
  6. 後始末が速い!ウダウダしない!
  7. アツい!とにかくアツい!一緒に遊んでいると心が溶けそうだ!(ちょっと誇張)

 

こんな感じでしょうか。やっぱり下着を脱ぐ時に感じられる色気が一番大きいですね。

挿入を迷ってる皆様、入れるしかないッスよ。プ*弁慶なら1時間2千円です。 不安なことはオレに聞け!あなたも今日からロープー・ダータ・ゲッターだ!

 

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援助交際問題を考える (98/4/16)

愛人契約にせよ、売春行為にせよ、そして援助交際にせよ、結局は一緒なんですね。ただ時代のニーズに合わせて非常に短期契約的に姿を変え、気軽なそして身近な存在にはなりました。でも不特定な相手との性行為の対価として金銭の授受が行われる、ということは現在に始まったことでもなんでもなく、太古から続けられた人類の罪深き行為の一つに過ぎません。

某M嬢とエンコーをしてる際に、ふと思ったものです。「俺は一体何をしているんだ!?」と。そしてこの自問がワタクシにとってその後の人生を大きく左右しました。そう、ワタクシはこの自問へ帰着するが為に、彼女の身体を短期契約していたのです。皆様はご自分の人生にどのような疑問を持たれておいででしょうか?え?何が言いたいのかわからないって?ワタクシはこの自問へ帰着するまで自分の人生を客観的に見つめる機会というものに遭遇しておりませんでした。ですからワタクシとM嬢との契約は、実を言えば、ワタクシの自己疑問への機会を与えてくれたことに対しての対価であったのです。え?そんなのは格好良く言い過ぎだって?ただの売春野郎じゃねーか、ですって?ええ、そうかもしれませんね。でもね皆様、ふと思って頂きたいのですよ。やっぱり結婚だって、ある部分を強調するならば愛という名の下に行われた契約だと思うのですよ。人生の契約ってそんなに簡単でしょうか。ご商売の中のご契約だって色々調査するでしょうし、色々と勉強もします。相手の子はどーなるのか?だって?ウン、それは確かに大切な大義名分です。でも悪いですけど、そんなことはワタクシの人生には関係のないことです。自分の人生について責任を負うのが今のワタクシには精一杯です。日記にも時々書いていますが、ワタクシの本当の夢はごく普通 の明るくて楽しくて暖かい家庭を築くこと。その為の結婚であり、結婚相手であり、愛という名の下の契約だと思っているのです。だからワタクシは一度自分を問う必要があったのです。「俺は一体何をしているんだ!?」と。そして今ようやく27になりかけて、少しずつ見えてきた気が致します。ワタクシの人生とそしてワタクシの夢が。なんだか随分なことを書き連ねましたが、気を悪くされた方がいらっしゃったら謝ります。ただ皆様にワタクシの援助交際に対するスタンスだけは一度お伝えしておきたかったのです。後は皆様、色々お考え下さいませ。

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素人とロープー (98/4/11)

最近よく思うことがあります。

素人系のweb siteやmailing listを見ていると、何でもかんでもロープー憎しで一歩ひいて見てみると恐ろしいと感じることが多々あります。

そりゃロープーな彼女達の営業方法は時としてフェアじゃないし、多くの純情で従順な世間知らずな男達の多くがその手口には泣かされてます。でも、携帯電話の番号教えてくれたからオレに気があるんじゃないか、なんて勝手に思いこんで、同伴や指名繰り返して、ケツの毛迄抜かれるまでハマってしまうのは、彼女らのせいじゃないですよね。実際にそれは彼女達の稼ぐ為のテクだし、店の営業方針だし、彼女たちも嫌だろうがそれをしなければ容赦なく時給を下げられ、その収入の保証と安定もほぼ絶望だと思います。一般 的なお店では女の子に客との連絡用の携帯持たせるなんてことは定石だし(彼女達のプライベート用は大抵別 )、男の警戒心和らげる為に、やたら「素人系」なんて打ち出してる店こそよほど玄人集団…等々、そういう予備知識なしで攻める方が悪いですよね。

ロープー遊びは素人系と比べるとずっとアングラですから、駆け引きは日常茶飯事だし、投資と回収の資本主義的精神がそこにはあって、でもそこがとても大人的で良いところだと思ってます。ただ最近はどうも現状から目を逸らしていると言うか、ロープー関係のことを殆ど知らない(もしくは知っていてもロープーが好きな人達からの伝聞でバイアスがかかりまくっていたりする)人が少々騙されて、ロープーな女の子や、そんなお店をを中傷してたりして、うんざりしてます。

私は素人系と恋や遊びも楽しみつつ、そして更にはロープーにほれ込んでこの遊びを続けています。ロープーがなくなったら、というかロープー遊びの精神を受け継ぐものが無くなってしまったのなら、すぐにでも男辞めるつもりです。今男を実感する時はいつか?と問われれば、やっぱりロープー遊びしてる時、しかも他人のオゴリが最高!なんて答えると思います。素人との駆け引きには自己陶酔的なスリルが僕には感じられないし、そして求めないし、また自己管理がおざなりな分よほどキャリアな場合も多く怖くてとても気軽にはできませんよ。

とりとめのない散文になっちゃいましたが、要はロープーな遊びにだっていいところはたくさんあります。もちろん素人にも。お互い補完していけばそれでいいのですから、後は男側のバランスセンスの問題だと思います。騙されたのが憎いからって何から何まで否定することはないんじゃないの?と偽善的な優等生発言でシメておきます。


 

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